夕暮れ散歩


by yamayusaku
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<   2011年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧

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悠作は最近散歩にも出かけずネタ不足のようです
困りましたねぇ・・・


ベルさん これはジョウビタキの子供でしょうか ?
悠作はソファーで相変わらず昼寝です


せっかく散歩に出かけてもカワセミ君の姿も見えなくて
悠作の足も止まったままで困っていますぅ・・・。



" 初めての庭のお客ぞこの鳥は亭主はそばてイビキかきをり (やまぐち二茶) "
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by yamayusaku | 2011-12-27 06:30 | 悠作ママの独り言
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悠作は甥っ子の結婚式から帰ってすぐに10日前に名古屋城の写真を
ブログに出しました

私は名古屋城の屋根しか映っていない写真に不満がいっぱい ! !


遠くに白銀の山が見えるのを撮りたくて
早朝から狙っていました


この白銀の山の存在が知りたくて
結婚式場の熱田神宮会館で新郎の父である義弟(悠作の義理の弟)に確認しました


「姉さま、これは白山ですよ」だっていわれますが。。。



  " 六階の名古屋のホテルから見ゆる山白銀を背に悠としており (やまぐち二茶) "


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by yamayusaku | 2011-12-23 06:30 |
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今回 甥の結婚式で名古屋で三日間 ゆっくりした
まずは名古屋城を一度見たかった !!


ホテルは名古屋城正面の六階の部屋でありました

     ~~~~~~

カラスが金のシャチホコの周りを舞っておりました
泊りは宿舎前の常緑樹の間のようでありました



暗くなったので部屋着に着替え 写したのがこの写真です
ライトアップされた名古屋城をセオリー通り
iso 800 シャッタースピード 60分の一秒で撮ってみました


難しいですねぇ 写真って !!



" 三百年歴史を誇る徳川のお城はここぞわれしみじみと見る (やまぐち二茶) "


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by yamayusaku | 2011-12-12 14:30 |

???  これも紅葉か

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「撮るものもないなぁ~~」
いつものデジイチを首にかけての散歩道です
デジイチの重さが首筋に食い込んでくる・・・


       ~~~~~~~~~~

たまにカワセミ君と出会う堰も雨上がりのせいか
水量も豊富です

じっと見ていると一枚の赤い葉が目に飛び込む !!
 「なぜ こんな激流の中を留まっているのだろう ?」
そんな疑問もふと湧いてきます

こんな紅葉も野性味があつていいものですねぇ  (^O^)



" しがみつくやうにひとつの紅葉が堰の流れに踏ん張ってゐる (やまぐち二茶) "


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by yamayusaku | 2011-12-07 12:00 | 散歩道
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昨日12月5日 二カ月ぶりの眼科の定期健診に出かけました
受け付け順の医院だから二時間待ちになるので
散策方々 近くの種田山頭火の 「其中庵(ごちゅうあん)」 に行きました


これは休憩所前の山頭火の句碑です
解説文には山頭火の母を思う心情が語られていました



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  種田山頭火は、山口県西佐波令村(現・山口県防府市大道)の大地主の出身。
  11歳の時、母が自殺した。
  旧制山口中学(現山口県立山口高等学校)から早稲田大学文学部に入学したが、
  神経衰弱のため中退した。その後、帰省し療養の傍ら家業である造り酒屋を手伝った。

  1910年(明治43年)結婚し一児をもうけた。
  1911年(明治44年)荻原井泉水の主宰する自由律俳誌『層雲』に寄稿。
  1913年(大正2年)井泉水の門下となる。
  その後、家業の造り酒屋が父親の放蕩と自身の酒癖のため破産し、
  妻子を連れ熊本市に移住した。
  古本屋を営むがうまくいかず、1920年(大正9年)離婚。妻子を捨てて東京へ出奔した。

  1923年(大正12年)関東大震災に遭い熊本の元妻のもとへ逃げ帰った。
  熊本市内で泥酔し、路面電車を止めたところを顔見知りの記者に助けられ、
  市内の報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に預けられ寺男となった。
  1924年(大正14年)得度し「耕畝」と改名、味取観音堂の堂守となる。

  1925年(大正15年)寺を出て雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行ない、
  旅先から『層雲』に投稿を続けた。
  
  
  1932年(昭和7年)郷里山口の小郡町(現・山口市小郡)に「其中庵」を結庵
したが、
  体調不良から来る精神不安定から自殺未遂を起こす。
  その後東北地方などを旅した後、1938年(昭和13年)には同町湯田温泉内の
 「風来居」、さらに1939年(昭和14年)松山市に移住し「一草庵」を結庵。
  翌年、この庵で生涯を閉じた。享年58。(ウィキペより)




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この日の「其中庵」は紅葉はすでに散り

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ススキの似合う庵に変わり果てておりました

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現在は山口市の管理で綺麗に整備されていますが
休憩所内の写真では当時の草ぼうぼうの写真が残されています


ウィキペでは山頭火が結庵したように書いてありますが
地元の国森氏の篤志により庵が提供されています
この時代のお金持ちって凄いですねぇ !!


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「其中庵」の片隅にはモミジが最後の力をふりしぼって
真っ赤に色づいておりました


約一時間 悠作一人ぽっちの「其中庵」見物でありました



" 放浪の山頭火の句を認めつつ庵与うる人の大きや (やまぐち二茶) "


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by yamayusaku | 2011-12-06 06:30 | 山口ぶらぶら
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   【この状態で突然動かなくなりました】

年賀状を印刷していたら突然 プリンターの異常 !!
悠作には手におえない状況が続きました


購入日を調べて見ました
山口の量販店で2005年11月9日に購入していました
五年保証を付けていましたがもうすでに超えています
修理に出そうと思い量販店に出かけましたが「最低でも修理には一万円以上かかります 
期間も三週間近くかかります」ですって・・・
これじゃ年賀状の印刷も無理っていうことか。。。
おまけにこの製品の部品は二年後にはなくなります


悠作は重たいプリンターを抱えて帰宅しました
だったらと新しい商品をネットで求めました


これってどこかお年金生活者の暮らしも大変ですぅ~~


  " 精密の機械は外を叩いても直りませなんだわれ困るぞ困る (やまぐち二茶) "


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by yamayusaku | 2011-12-05 06:30 | 日記